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空挺ドラゴンズ ー「食」で繋がる物語ー

先日、空挺ドラゴンズを観終わった。
シドニアの騎士で知られる「ポリゴン・ピクチュアズ」が手掛けるハイ・ファンタジー作品。空に生息する龍を捕獲して生活している「オロチ捕り」を描いた物語だ。
主人公たちが暮らす飛空艇「クィン・ザザ号」からの壮大なスペクタクルと
思わず唾液がたまってくるような食事シーンが魅力的だ。

「食」が繋ぐもの

 本作における「食」は実に様々なものを繋ぐ役割を果たしている。
 日常動作のディテールにこだわった描写は日本のアニメーションの特徴の一つである。とりわけ、食事の描写となると、ジブリ作品の美味しそうな食卓を思い浮かべる人も多いだろう。「食事シーン」は日常芝居の象徴的な存在である。
本作の空挺ドラゴンズはフルCGアニメーションで制作されている。昨今のCGアニメーションはセルルックなどの技術が進歩し手書きアニメーションのような暖かみのある画を作れるようになってきている。しかしながら、元来CGアニメーションはキャラクターが堅く冷たい印象を与える。ジャパニメーションが得意としてきた日常芝居とは相性の悪さがある。
実際に本作の制作会社である「ポリゴン・ピクチュアズ」は、これまで宇宙を舞台にしたSFや戦闘シーンを主軸に置いた作品を手掛けてきた。これらの作品は映像の迫力が軸にあり、登場するキャラクター達は日常の生っぽさに乏しい。そこで本作品では食事シーンを利用して暖かみのある人間性を作品のキャラクター達に与え、龍捕りという生き方が彼らにとっての日常であることを教えてくれる。

 他にも、物語上で食事は人と人ともつなげる役割を持つ。ミカたちを乗せたクィン・ザザ号の船員は、船員同士で語り合うとき、町に住む人と恋するとき、助け合うとき、他の龍捕りと仲直りするとき。様々なシーンで人と人とが交流を図るとき食事が人と人とを繋ぐ役割を担っている。
 また、龍を捕獲して生計を立てる生き方は常に命を危険に晒している。そんな龍捕りにとって「食」は時に「生き繋ぐ」ことにフォーカスされる。10話「渡り龍と谷の底」では新人のタキタは飛空艇から落ちてしまい遭難してしまう。ここでタキタは「食」によって生を繋ぎ、クィン・ザザ号に生還する。

五感を刺激する食事

本作における食事シーンの占めるウェイトが大きいことは上記のとおりである。
しかし、この食事シーンも印象に残らないようなものになってしまっては意味がない。
本作では、視聴者の五感に訴えることで見たこともない龍の肉を使った料理の味を実に美味しそうに描写している。

「頭を落として中抜きしたら、背開きにする」
「オリーブ油。レモン。塩。こしょう。あとはギャレーにあった香辛料を適当に合わせて、
 30分漬け置きする」
「油を多めに引いたフライパンに、皮目を下にして揚げ焼きする」
「上から水の入った鍋で重しをして」
「焼き色が付いたら裏返して、同じように焼いて。
 もう一度皮目を下にして、パリパリに焼いたら…完成だ」

2話の「賞金と極小龍の悪魔風」調理シーンである。
上記の詳細な調理描写に加えて、シズル感(肉がジュージュー焼ける感じ)が伝わる映像と効果音が組み合わさることで、味や香りを想像させる。視聴者の嗅覚と味覚を刺激させることで食事シーンに強い印象を残しているのである。

今日の一枚

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幸い新潟はまだ感染者が少ないから、生活に制限はかかっていない。
目に見えない脅威だと当事者意識が抜けやすい危うさがあって怖い。