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<小市民>シリーズ完結によせて -相対する日常の謎というジャンルについて-

2024年4月30日、創元推理文庫より『冬期限定ボンボンショコラ事件』が刊行された。短編集の『巴里マカロンの謎』が2020年に発売されたものの、『秋期限定栗きんとん事件』からおよそ15年の歳月が経っての刊行だ。


『冬期限定』の刊行時期と同時にアニメ化が予告され、<古典部>シリーズのアニメ化報と同じくらいの衝撃が襲った。

<小市民>シリーズは忘れもしない、米澤穂信との出会いとなった作品だ。
高校に入りたての時分、部活に入らず余暇時間が増えた私は読書で暇をつぶそうと、角川文庫から刊行されていた『きみが見つける物語 十代のための新名作』という短編集を読み漁り、好みの作者を探していた。このシリーズの一つに『夏期限定トロピカルパフェ事件』の「シャルロットだけはぼくのもの」が収録されていた。
これが<小市民>シリーズの出会いだ。
そこから、『夏期限定~』から入り『秋期限定~』、『春期限定~』とすこし変わった順番で読み進めたと記憶している。『秋期限定栗きんとん事件 下』の奥付を見ると2009年4月3日 3版(初版は3月13日)とあるから『秋期限定』の刊行時期と同じくらいに出会った形だ。確かにあの時期はだいたいの本屋で『秋期限定』が平積みされていた記憶がある。
これを機におよそ十数年ぶりに<小市民>シリーズを読み直した。<小市民>シリーズは高校時代は何度か読んだ記憶はあるが、<古典部>シリーズほど読み返してはいないはずなので、仔細を覚えておらず今回の再読はかなり新鮮な気持ちで読み進めることができた。
今持っている『春期限定~』の帯に「いつか掴むんだ、あの小市民の星を。」とあるように、このシリーズは小鳩常悟朗と小佐内ゆきが小市民になろうとする物語だ。そう物語の縦軸を捉えると『秋期限定~』高校3年の秋まで彼らの足取りをたどっていくと、小市民を目指す中で彼らは自分たちの性質と嫌と言うほど向き合い、上手く付き合う次善策を見出した。
そういう意味では彼らの物語が閉じている。


では、『冬期限定~』ではどんな物語を紡いだのだろうか。
ところで、<小市民>シリーズは日常の謎というジャンルに位置づけられる。この日常の謎というジャンルの観点から<小市民>シリーズを解体してみよう。
日常の謎」とは、日常生活の中に落ちている謎を解明するミステリーのいちジャンルである。殺人事件などの事件を舞台装置としたミステリーと相対されて出てきたジャンルと言える。

ミステリー小説は謎を解く過程を楽しむジャンルである。
過程は過程に過ぎないので、結果が必要になるわけだが、殺人事件などを扱ったミステリーにおいては結果の存在感は希薄である。
なぜなら、謎を解く目的が事件を解決すること、と明白なため謎を解いた時点で物語が閉じている。
一方で、日常の謎では事件とは関係のない謎であるため、謎を解かれるだけでは物語が閉じない。暴かれた真実は何であるか、その真実がどういう意味を持つかまでが物語に組み込まれる。真実が明らかになることで今まで見えてきた物事の意味合い、見え方ががらりと変わることもあり、それが日常の謎のひとつの醍醐味ともいえる。

しかし、日常の中に潜む隠された真実を暴くことは、人の隠したい心情を覗くことになることも少なくない。
そのような謎を扱うため、謎を解く行為自体が実はデリケートなものだ。探偵役が謎を解く目的、動機付けがないとただ人の心情を身勝手にさらしてしまうだけになる。例えば、動機を与える手段としては厄介事を持ち込むトラブルメーカーを探偵役の身近に配置することで外的要因によって謎を解く環境を作るのがひとつ分かりやすい導入となるだろう。
その点でみると<小市民>シリーズの探偵役である小鳩常悟朗は、謎を解くことを愉しむ内的動機を持っている人物ではあるが、同時に中学時代のトラウマによって内的動機により謎解きをためらうというジレンマを抱えたキャラクターとして設定されている。そして、堂島健吾からもたらされる厄介事によって、あるいは小佐内ゆきによって謎へと誘導されてこのジレンマは刺激される。ゆえに外的要因により謎を解く状況が整うが、その実、内的動機にも駆動されているキャラクターなのだ。なぜなら、小鳩常悟朗にとっての関心事は謎を解く過程と真相に辿り着いたという結果にあるからだ。

『秋期限定~』までの、小市民を目指していた小鳩常悟朗は表向きには何かしらの必要性を得て謎を解く形になっていた。しかし、小佐内さんと別れて仲丸さんとの付き合いの中で謎を解かずにはいられない自らの性質に思い知り、小市民を目指すことを諦める。すると、これからも小鳩常悟朗が謎を解いていくためには、なぜその謎を小鳩常悟朗が解いたのか?という謎を解くことに対する結果と向き合う必要性が浮上してくる。それも結果に対して無頓着だった、中学時代の結果に。それが『冬期限定~』の物語となっている。

小鳩常悟朗の謎を解くことを喜びを感じる性質は、ミステリー小説の読者も持ちうるものだ。しかし、先に書いたように中学時代のトラウマによって謎を解くことに対して心理的なブレーキが働いている。そういう意味で小鳩常悟朗は日常の中に潜む隠された真実を暴くという日常の謎のデリケートさに表象するキャラクターであった。その小鳩常悟朗が『冬期限定~』では過去の結果と向き合う。最後まで殺人事件などを扱ったミステリーと相対する日常の謎というジャンルに向き合った作品だった。

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